退屈からの脱却

コロナ禍に入り1年が経ったころ、俺はとても退屈をしていた。
テレワークやオンライン会議にはだいぶ慣れてきたけれど
朝起きてパソコンを開き、同じように仕事をして…の毎日を繰り返していた。
「あー、なんか暇つぶしに何か良いアプリがないかな?」と思っていたところ
今流行っているライブ配信アプリを見つけた。
「飽きたらすぐにアンインストールすればいいや」と思っていた。
登録名は…『レン』
本名とは、かけ離れているけど、まあいっか。
彼女とはコロナ前に別れてしまった。「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたからである。
彼女の澄んだ凛とした声が好きだった。
「ライブ配信で出会いを求めている」わけではないけれど、まったく邪な気持ちがないかと言われれば、それもウソになってしまう…
そんなちっぽけな男の性と闘いながら、登録が完了した。ライバーではなくリスナーとして楽しみたいと思った。
耳からの出会い

ライブ配信アプリのリスナーをして数日が経った。
雑談、イケボ、カワボ、声真似などのいろんなカテゴリがあることや、
個人だけではなく、リスナーがゲストとしてあがってライバーと話せる機能が
あることが分かった。
「今日は、弾き語りカテゴリにしてみようかな…」と思ったときに、1人の女性ライバーに目が止まった。
声はどちらかというと高めだけれど、心地の良い声だ。
女性ライバーと、リスナーは俺を含めて3人ほど。決して多いわけではないけど
長居したくなるような配信だ。
リスナーに向けて「今日はどんな一日だったか」を語り掛け、コメントを一つずつ丁寧に読み上げていく。
その後、おもむろにギターを持って歌いだした。
タイミングなのか、俺の好きな曲だ。しかも落ち込んでいた時によく聞いていた曲だった。
声がきれいだけではなく、真っすぐ感情にぶつかってくるような歌声に、ハッとなった。
はじめの一歩

彼女の配信を聴いてから、2か月ほどたった。
俺は彼女の配信が開いたら通知が来るように設定してしまうほど、はまっていた。
彼女の雑談や歌から、日々の疲れを癒されていた。
配信サイトにはダイレクトメール機能があり、フォローしているユーザーに対して
メッセージを送ることができる。
俺は思い切って送ってみることにした。
『初めまして、レンです。
いつも素敵なお話と歌声をありがとうございます。
これからも応援しているので頑張って下さい!』
当たり障りのない内容で、返信が来ることは期待していなかった。
しかし、すぐに返事が来た。
『レンさん、ありがとうございます。
じつは毎日来て下さるのはレンさんぐらいなんですよ(笑)
メッセージうれしいです。励みなりました』
思わず顔がにやけてしまった。めっちゃ好きじゃん。
邪な気持ちを抑えながら、配信中に話していた趣味の話を持ち出し、やり取りを繰り返した。
初めましてとは思えない

メッセージのやり取りは毎日の習慣となっていた。
今どのような生活をしているのかと話題になり、俺と彼女が近くに住んでいることが分かった。しかも出身地も同じらしい。
思い切って聞いてみた。
『今度、会って話してみませんか?』
『こちらこそ!楽しみにしています!』
日曜日になり、駅前で待ち合わせをした。
彼女は顔出し配信をしているので、姿がすぐに分かった。
セミロングで小柄だけど、芯が通ってそうで、まっすぐな目をしていた。
彼女の名前は「エル」
もちろん本名ではない。本名はまだ言いたくないとのことだ。
近くのカフェに入り、配信のことや、お互いについて話をした。
初めて会ったとは思えないような空気で、ずっと話をしていたいと思った。
エルの歌を生で聞きたいが、いきなりのカラオケは引かれると思い、言わずにいたら
「歌いたくなってきたからカラオケ行かない?」
とエルの方から誘ってきた。
俺は心の中でガッツポーズをしながら、受け入れた。
リスナーから友人へ

カラオケに入り、エルが配信の時に歌っていた歌を歌ってくれた。
配信そのままでテンションが上がった。
俺も彼女も好きなアーティストが似ていたため、順番に歌っていった。
時間を忘れるくらい楽しくて、気づけば5時間も経っていた。
お互いに次の日仕事があるため、解散することになった。
俺が「楽しかった。またカラオケ行こう!」と伝えると
エルは大きくうなずいた。
焦らずゆっくりと、まずは友達から…
俺は心の中でそう唱えながらゆっくりと帰っていった。
toigj著




