趣味を通しての出合い

【夫婦】なれそめ話

自己紹介

妻との出会いはバイクである。何故バイクがきっかけになったのかを書きたいと思う。私は小さい頃から消極的な性格であり、友達もろくにおらず趣味のゲームに没頭する引きこもりがちの少年であった。当然ながら、20代半ばまでは女性と付き合ったことはなかった。そんな最中にYouTubeでバイクの動画を見て「バイクに乗ってみたい」という衝動が抑えられずに、大型自動二輪の免許を取得。とあるバイク屋で大型バイクを購入して一人でツーリングを楽しむ日々を送っていた。また、バイクを購入した店舗が月に1回主催するツーリングのイベントに定期的に顔を出すようにもなっていった。

 

出会い

バイク屋のツーリングイベントに参加したある日、、、あれは千葉県の“空港科学博物館”へ行くイベントだったと思う。朝一の集合場所に、淡い水色の単車に乗った小柄な女性(以下“ケイ”と呼ぶ)が来ていた。第一印象は『物静かで、とても可愛らしいな』と感じた。何を隠そうこの、ケイが妻である。主催しているバイク屋の店長曰く「バイクを買ったばっかりで、初心者だから優しくしてあげてね」とケイの紹介があったので、機会をみつけて「今日は寒いですね」とかありきたりな会話を試みたが、目を合わせず「あ。はい」と素っ気ない返答があり撃沈したのを今でも覚えている。

博物館に無事到着した後は、各自館内を自由行動。私は知り合いと話しながら適当に展示物を眺めていたところ、先ほどのケイが一人で観覧していた。「知り合いから離れて、一緒にケイと館内を回れたらいいな」と思ったが、話しかける前に先の素っ気ない態度を取られたことで、気持ちにブレーキが掛かってしまい、遠巻きからケイを眺めるだけで自由行動は終わってしまった。それから何回かイベントで一緒になることはあったが、私のチキンハートのせいで話す機会はなく、月日だけが過ぎていった。しかし箱根へ行くツーリングイベントで一気に二人の距離を縮める事件が起きた。

 

救世主

「ガチャン!」と大きな音とともに「きゃあぁ!?」という叫び声が辺り一面に響いた。「なんだ!?」と思い、音のした方を振り返ってみると、ケイが単車と共に地面へ横たわっていたのだ。周囲の参加者が即座に駆けつけて、ケイとバイクを救出したものの、左のクラッチレバーが根本からぽっきり折れてしまっていた。ケイは幸い怪我がなかったので、参加していたバイク屋の店長が、ケイのバイクが自走可能か診てみたが、結果はNG。周囲は悲しいムードに包まれ、ケイが微かに涙を浮かべて俯いて立っていた。「今日はバイクを置いたままにして、ケイは誰かの後ろに乗って帰るしかないな」と話しが決まりかけたそのとき、私ははたと思い出した。自分のバイクに取り付けているリアボックスに予備のクラッチレバーがあっとことを!すぐさま店長に差し出してみると、なんとケイのバイクに合致するではないか。周囲の参加者が喜びの歓声を上げるなか、ケイの恥ずかしいような嬉しそうな顔は忘れられない。

無事バイクの修理が終えて周囲の興奮が収まってきた後に、ケイが駆け寄ってきて「ありがとうございます!頂いたレバーは後日新品をお返しします」と言いに来たので、神が与えてくれた千載一遇のチャンスだと思い、「連絡先の交換をお願いします!」と勇気を振り絞り伝えた。

 

その後

それからはケイに連絡を取り二人でツーリングに行く約束を取り付けた。“埼玉県のポピー畑” “茨城県の霞ケ浦”ずいぶんと遠出だったが、一緒にいられる時間が多くて嬉しかった。正式にお付き合い?してからは泊まりがけのツーリングに行くことも増えていった。ケイが高速道路上で転倒してバイクを大破させたり、お気に入りのライダースジャケットに鳥糞が命中したり、一緒にバイク用品を買いにいったりと何気ない会話までもが純粋に楽しいと思える日々を過ごし、、、遂に籍を入れることになった。

 

最後に

バイクに乗っている間はリードが出来たのだが、いつの間にか妻とは立場が逆転していた。物静かで大人しくはなく、はるかに芯が通っていて気が強い女性だったのだ。しかしながら結婚して7年が経ち、子供も2人授かり離婚されずに生活を送れていることに感謝。私と妻もバイクを手放していて“ライダー”ではなくなってしまったが、街中でふとバイクを見かける度に昔の自分を思い出す。どこまでも二人で楽しく走っていた日々はまたやってくるのだろうか。「子供が大きくなるまではだめだろうなぁ」なんて事を思いながら執筆を終える。

 

t577著

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