テニスのヒロイン

今日も何事もなく業務をこなす美咲は法律事務所で働いている。
背中まである髪を真ん中で分け、ひとつ結び、メガネ、おとなしい印象の彼女は、毎日定時で帰れるよう効率よく業務をこなす。
真面目だけがとりえ。そんな彼女は、週2回火曜と木曜の夜には別人になる。
いつもは通過する駅で電車を降り、歩いて10分ほどのところにあるテニススクールが寄り道先。
真ん中分けの髪をきゅっとポニーテールに変える。実は、仕事の時のメガネはパソコン用で度は入っていない。裸眼で何も問題ない。もうトレードマークになった黒いウェアに着替え、コートに出る。今日も男子顔負けのプレーで汗を流す。2セットマッチのミニゲーム中、逆をつかれたショットに飛びついた瞬間、激痛が走った。足をつこうとしても力が入らない。今日はもうやめておこう・・・いつも全力で負けず嫌いの美咲が自分から休むという事態に、仲間たちも心配になり、病院に行くことを勧めた。「大丈夫、でも今日は帰るね」と笑ってみせたが、様子がおかしいことはうすうす気付いていた。翌日になってみても、痛みは治まっていない。自分の体調の悪化で有給休暇を取得することに抵抗のある美咲は、今日も無理して出社した。必死に隠していたが、さすがに歩き方で心配されてしまい、それも申し訳なく思う美咲は、仕事帰りに病院に行くことに決めた。整形外科に無縁だったのでインターネットで調べて、帰り道にあるという条件で、一番上にでてきた病院に行くことにした。
整形外科に通院

歩けるから骨に異常はないと自信があったが、初めての整形外科に少し緊張しながら、ドアを開けた。開院して1年足らずなだけあって、綺麗で明るくておしゃれなつくり。スポーツジムも併設している最新型の病院。まもなく診察室に呼び込まれた。そこにいた院長先生は見た目は冴えなかったが、気さくに話しかけてくれて少し安心した。どこが痛いのか自分でも具体的にわからない。レントゲンを撮ってようやく判明した。「膝の靭帯を少し損傷しているね。大丈夫。このくらいすぐ治してあげるよ」院長先生が神様に見えた。ちょっと好きになるかと思った。後から知ったが、この院長先生はここを開院する前は大学病院に勤務して、膝の専門家だった。しかし、治療法はなんてことはなくて、極力動かさないようにして安静にすることと、リハビリに通うことだった。
リハビリの先生

すぐにリハビリ室に案内された。理学療法士の男の先生が2人。フリーだった美咲は一瞬目が輝く。パッと見た第一印象から長身の方の先生がいいなとひそかに期待していると、美咲の前を通り過ぎて隣の人へと言ってしまった。すぐにもう一人の先生がきた。杉山先生。身長は美咲と同じくらいで、日に焼けたスポーツマンタイプ。ケガをした状況などを話していると、「僕もテニスやっているんですよ。膝はひねりやすいですし、再発しないようよく治しましょう」至って普通の会話だったが、美咲が抱いていた第一印象は変わっていた。マスク取ったらイケメンかも。明日から一週間は毎日リハビリに行くことになった。
早くテニスを再開したい気持ちと、持ち前の真面目さも手伝って、毎日リハビリに通う。どうやら杉山先生は1つ上。ちょうど一週間後「まだ名刺渡してなかったね」と渡された名刺。いただいた名刺の裏を確認すると、「連絡ください」の文字と携帯番号。こんなことあるんだと、先生の顔をちらっと見ると「よろしくね」と照れたような笑顔。この瞬間やられた!と思った。いや、違う。たぶん一週間前から惹かれてた。
電車に乗ってすぐに送るメール。なかなか返事がこなくて、何度も携帯を確認。やっときた返信時間は21時。「連絡ありがとう」ここから、院長先生にみつかってはいけない秘密の恋のはじまり。美咲はリハビリに通う違う理由ができていた。会えるのがうれしくて自然に笑顔になってしまう。休日にも会うようになったころ、あんなに地味だった美咲はどんどんあか抜けていった。懸命にリハビリに通った甲斐もあって、美咲の足はすっかり治った。もう病院に行く必要もない。2人は映画に行ったり、一緒にテニスの四大大会を見たり、ストロークをしたり、順調に時間を重ねていった。
自然消滅

ところが、だんだん杉山先生の返信や反応が遅くなっていった。美咲は嫌な予感がした。ついに杉山先生からの返信がなくなった。決定的なことを言われるのが怖くて、美咲からも連絡できずにいた。一度、杉山先生が言ったことがあった。「誰にも言ってないけど、院長先生が感づいているかもしれない」自然消滅してしまった。ショックだったがこれ以上傷つくのが怖くて、何も言えなかった。もう病院に行きたくなかった。でももう行く必要もない。足はすっかり治った。新しいい一歩を踏み出そう。
adomon著












