いつものように6時に愛犬さくらと家を出る。
橋を渡って右に曲がる。
前方に犬を散歩している女性が現れる。
さくらが女性に向かって走り出す。
「おはようございます。今日は寒いですね。さくらちゃんは寒さ関係ないね。今日も元気だね。」女性は、いつもさくらの頭を撫でて話しかけてくれる。
「おはよう。モコちゃん、温かそうなの着てるね。」俺も女性の愛犬、モコちゃんを撫でる。
朝のいつもの光景だ。
さくらを初めて散歩した時に会ったのがモコちゃんだった。
さくらはあまり犬が好きではなく犬が前から来るとだいたい向かって行って吠えてしまうのだが、モコちゃんには、最初からお互い見つめあってじゃれ合っていた。
モコちゃんの飼主である女性も愛想がよく、俺はもともと人見知りだか、すんなり最初から話す事が出来た。
さくらも、モコちゃん、モコちゃんママに会うのが楽しいようだが、
俺も毎日の密かな楽しみであった。
俺はバツイチの独身だ。もう40代の半ばになり、もう結婚することはないかと感じていた。離婚してから友人の紹介で何人かお付き合いしたが中々長続きしなかった。
それは、俺の相手に対する愛情不足だと感じていた。相手にあまり好意を感じなくても今まで何となく交際が始まって終わる事が多かった。つまりいい加減な男だ。
さくらを飼ったきっかけは、友人が柴犬を飼い始め、見に行くとやたらと俺になついてきて犬ってこんなに可愛いんだなと思った。
友人が「お前は家で仕事してるんだから、犬飼えるぞ。独身なんだし飼うのもいいんじゃない!」言われてその気になった。
その数日後ペットショップに行った。犬種は決めていなかった。どれも可愛いいなと思って迷っていると黒柴犬と目が合った。俺をじぃーと見て目を離さない。
「おい、お前、俺のとこに来るか?女の子か。俺は独身だぞ!」と周りに人がいなかったので話かけた。
こいつにしよう!と決め、ケージの札を見ると、商談中と書いてあった。
なんだもう買い手が決まっているのかと思い、後ろ髪を引かれながら立ち去ろうとすると店員が来てその札を外した。
あれっ!と思い、「あ!あのこの子はもう買い手は決まったんですか?」と聞くと、
「いや、購入予定だったんですが、何か事情があってやめたんですよ。」
「あ!あ!俺飼います。連れて帰ります。」と言うと、俺の慌てっぷりがおかしかったのか
店員さんが笑ってケージの中にいる黒柴犬に
「よかったね~お家決まってね~」と言った。

さくらの小さい頃は、予想以上に手が掛かかった。トイレは家の中でアチコチでするし、家にある色んなものを食べちゃうし、雷が鳴るとブルブル震えて鳴き続けるし、大変だった。だが、俺がソファーに座っていると頭を膝の上にのせるくることや、公園で蝶を追って走り回っているのを見ると何とも愛おしくなった。
さくらを散歩していると、犬好きの人が良く声をかけてくれ、何の繋がりもない人達と喋ることも楽しかった。
朝、モコちゃんママと会うと、色々話をしたい気分になるが、朝で時間もないだろうし、色々聞いて変に思われ、会えなくなってしまう事を恐れ、毎朝挨拶程度だけだった。
朝、いつもの時間に家をでて橋を渡って右に曲がる。ここ1週間程、モコちゃんを見ない。
たまに見ない事は今までもあったが、一週間連続で見かけない事はなかった。
モコちゃんに何かあったのかな?そろともママに…心配で会いたかった。
ある日、近所のスーパーに行き、野菜を物色していると、前方に見覚えのある後ろ姿があった。振り返る顔を見ると、モコちゃんママだった。
話しかけようかどうかためらったが、思い切って話しかけた。
「こんにちは。久しぶりです。」
「あ!さくらちゃんパパ!久しぶりですね。お元気ですか?さくらちゃんはどうしてます?
あの~モコがちょっと具合悪くしてね。お散歩も夕方にちょっとだけ行くだけにしてるんですよ。」
「大丈夫なんですか?」
「うん。あんまりよくないのよね。でも食欲はあるんですよ。」
「そうなんですか。さくらも、モコちゃんに会いたがってるんですよ。」
「私も会いたいわ。」
年配の女性が近づいてきた。モコちゃんママの母親のようだ。
「じゃ。また。失礼します…」
もっと話したかった。もう会えないかもとも思った。
それから数か月たち真冬の朝、いつものように橋を渡って右に曲がると、さくらが走り出した。前方をみるとモコちゃんママいた。モコちゃんはいなかった。
「おはようございます。お久しぶりです。」
「おはようございます。さくらちゃん久しぶり~元気だった?」
さくらが、モコちゃんママに飛びついて喜んでいる。
「あのね。モコ亡くなっちゃったんですよ。それでね、明日、モコを火葬場に連れていくんですよ。それでね。よければさくらちゃんとパパに最後見てもらえないかと思って…」
「そうなんですか…お悔やみ申し上げます。いいんですか、伺っても。」
「ぜひ。モコも喜びます。」
教えられたモコちゃんの家は、ウチの近所のアパートだった。
お邪魔すると、リビングにモコちゃんが目を閉じて横たわっていた。
抱っこしていたさくらがクンクン泣きはじめた。
俺も、モコちゃんママも泣いた。
モコちゃんママが何か言ったが、声にならなかった。

次の日の朝、散歩に行くと、モコちゃんママが歩いていた。
何か箱を持っていた。
「おはようございます。これ、モコの遺灰なんです。気持ち悪いですよね。こんなの持って歩いているなんて…でも何かこうでもせずにはいれなくって…」
「お気持ち察します。俺も寂しいです。」
さくらがモコちゃんの遺灰をじぃーと見ていた。
「さくらちゃん!元気でいるんだよ!パパさんに大事にしてもらいなね。また会おうね。」
「じゃ~失礼します。モコがいままでありがとうございました。」
モコちゃんママが去って行った。
俺とさくらはモコちゃんママの後ろ姿を見ていた。
しばらく見ていると、さくらが吠えた。
「よし!さくら行くぞ!」
俺とさくらはモコちゃんママを追った。
「あのー。よければ、朝一緒に散歩しないですか!もちろんモコちゃんも一緒に!」
「いいんですか!」
さくらがモコちゃんママに飛びかかった。
それから毎朝、一緒に散歩に行っている。
モコちゃんはママのリュックサックの中にいる。
これから、俺とモコちゃんママの関係が、どうなるかはわからない。
だけど、さくらとモコちゃんが繋げてくれた、この縁は大切にしようと思っている。
y621著



