初恋の出会い

年の差30歳の初恋

「初恋は実らない」と、よく言いますよね。

科学的根拠はないにしろ、初恋は憧れや片想いで終わるケースが多いです。

私の初恋も実ることなく終わってしまいました。

相手は30歳も年上で、妻子のある既婚男性です。

それでも好きな気持ちは止められませんでした!

5歳の私は!

そう、私の初恋は幼稚園の先生です。

子供ながらに真剣に恋をした話なので、最後まで読んでいただけると幸いです。

 

泣き叫んだ幼稚園初日

初恋の先生は担任ではなかったので、入園早々に恋に落ちたわけではありません。

そもそも入園自体、泣いて叫んで嫌がっていたんです。

自宅にお迎えのバスが来ても母にしがみつき、全力で乗車拒否していた記憶があります。

バスに乗った後は、同乗していた女性の先生と、隣の座席の男の子になぐさめられながら幼稚園に向かいました。

このなぐさめてくれた男の子に恋をしてもよさそうですが、当時の私はそれどころではなかったんですよね。

今思うと、少しもったいなかったなと思います。

嫌がっていた入園も、実際に幼稚園に着けば楽しいことばかりでした。

たくさん友達ができ、皆でかくれんぼをしたり歌を歌ったりするのが楽しくて、幼稚園が大好きになりました。

 

出会い

先生との出会いは、休み時間に友達と折り紙をしていた時です。

担任の先生に花や魚など、いろいろな折り方を教わっていました。

そこに現れたのが「太郎先生」です。

太郎先生は、メガネをかけた笑顔が素敵な先生でした。

色とりどりの折り紙の花が机に置かれているのを見て「キレイなお花畑だね」と優しく話しかけてくれたのを覚えています。

生まれて初めての一目惚れでした。

 

「大好き」を込めたプレゼント

私の兄が少々ガサツだったこともあり、優しく話しかけてくれた太郎先生にすっかり恋に落ちた私。

折り紙を「キレイ」と言ってくれたことが嬉しかったので、たくさん折って画用紙に張って花畑を作ったり、太郎先生の似顔絵を描いたりしました。

その度に太郎先生にプレゼントすると、とても喜んでくれたんです。

母の話では、とくに折り紙を熱心に折っていたようです。

先生に教えてもらったり、折り紙の本を母に読んでもらったり。

新しい折り方を覚えるたびに太郎先生にプレゼントしていました。

私の記憶では毎回喜んでくれていたと思うのですが、今思うと少し迷惑だったかもしれませんね。

毎週のように折り紙をもらい、しかも教え子からのプレゼントだから無下にもできず…

しかし幼稚園児の私は、そんな心配をちっとも考えていません!

「太郎先生は心から喜んでくれている」と信じて疑わず、大好きな気持ちを込めて折り紙を贈り続けました。

 

気持ちの変化

年長さんになる頃には、太郎先生へプレゼントする回数は減っていきました。

好きな気持ちは変わらなかったのですが、贈り物より、一緒に遊びたい気持ちが強くなったからです。

しかし楽しい時間も、ずっと続くわけではありません。

太郎先生と離れ離れになってしまう「卒園」の時期が近づいていました。

友達は小学生になることにドキドキワクワクしていましたが、私は太郎先生と会えなくなることが悲しくて、小学校に行くことを喜べませんでした。

幼稚園は自宅から離れていたので、「卒園=今生の別れ」という感覚だったんです。

そんな沈んだ気持ちを変えてくれたのも、太郎先生でした。

新品のランドセルや筆記用具、母の手作りバッグなど、入学準備で用意したものを写真に撮る母。

現像した写真を「太郎先生に見せてきたら?」と言って渡され、太郎先生に見てもらいました。

すると太郎先生は、折り紙をあげた時のように、嬉しそうに写真を見てくれたんです。

とくに覚えているのが、入学式用の洋服を試着した写真を見せた時です。

「わ~すごい!おねえさんだね!」と言ってくれたことが嬉しくて、私はあっという間にご機嫌になりました。

妹や弟がいない私にとって「おねえさん」と呼ばれるのに憧れがあったのと同時に、好きな人に褒めてもらってコロっとご機嫌に。

我ながら単純な子供ですね。

さらに2月に入ると、通う予定の小学校への体験入学があります。

同じ学校へ通う子と一緒に幼稚園バスで向かい、数時間だけお邪魔するというものです。

教室に入ると、机とイスがズラリと並ぶ光景にドキドキしたのを覚えています。

卒園すれば太郎先生と離れてしまう悲しみより、小学生になれる楽しみが強くなった私は、母や太郎先生に話すのは小学校のことばかり。

太郎先生も、折り紙をあげた時と同じように、嬉しそうに話を聞いてくれました。

 

初恋の終わり

卒園式を迎え、太郎先生ともお別れの時がやってきます。

さぞ泣いて嫌がっただろうと思いきや、正直あまり覚えていません。

母は「楽しそうにしてたよ」と言っていました。

卒園後は太郎先生に会いに行くこともなく、私の初恋は小学生になった喜びで、静かに終わってしまいました。

こんなの初恋とは呼べない、という方もいるでしょう。

でも太郎先生のために折り紙を折ったり、一緒に遊んだりしてドキドキした気持ちは今でも覚えています。

相手のことを思いながら贈り物を作る気持ちは、やっぱり恋だったと思います。

 

初恋は実らなくても「宝物」

初恋の話をしましたが、小さかったこともあり、断片的な記憶しかありませんでした。

記憶があいまいなところは、母に当時のことを聞いて補っています。

それに加えて、思い出補正もされているかもしれません。

しかし恋かどうかを判断するのは、自分自身だと思います。

「喜んでほしい」「一緒にいたい」という気持ちは確かにあったし、今でも大切な思い出として、心の宝物になっています。

682著

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