一粒の涙
これはもう10年以上前の話。
菜々緒は仕事ができ天真爛漫で人懐こく誰からも親しまれている子だった。その日も一日の業務を終えて、同僚のはぐみと帰るところだった。
「お疲れ!」
後ろから声をかけてきたのは、隣の課の上司の塩沢だった。彼は体が大きく、目に力が強く強面のまるで熊のような出で立ちで一見怖がられがちだが、話すと気のいい兄貴肌の人だった。
「今日も遅くまで頑張ってんな!二人とも車で送ってやるよ」
「やったー!!ありがとうごさいますー!」菜々緒は満面の笑みで言った。
「ごめんなさい!せっかくなんですが彼氏と待ち合わせしてるんで・・・」はぐみは申し訳なさそうに伝えた。
「それならしかたねーな!早く帰ってやんな。」
「塩沢さん、今日頑張ったんでごはん奢ってくださいよう」と菜々緒
「じゃあ飯でも行くか。じゃあはぐみ気をつけて帰れよ。お疲れ」
菜々緒と塩沢は他愛ない話をしながら夜の街へ消えていった。

前日の疲れもまだ残って気だるい次の日の朝
「はぐみ聞いて!塩沢さん、彼女とうまくいってないんだって!菜々緒といるほうが癒されるなって言われちゃった!!どう思う!?」朝から興奮気味ではぐみのところに駆け寄ってきた菜々緒。
「えー!!それってなんか怪しくない??やばい状況とかやめてよー」
「大丈夫だって!もう別れるって話してたし、ちょっとがんばっちゃおうかな私」菜々緒ははやる気持ちを止められないようだった。はぐみは疲れとともに菜々緒の心配で頭痛がした。

菜々緒と塩沢の距離が縮まるのはあっという間だった。塩沢は菜々緒の部屋に通うようになり二人は恋人のように甘い月日を過ごしていった。包容力のある塩沢はしっかりしているがさみしがり屋の菜々緒のを優しく包み込みこのまま二人が幸せになってくれたらいいのにとさえ思わせるほどだった。仕事でも理由をつけてはふたりの時間を増やしていった。

でもそんな日々も長くは続かなかった。ある日菜々緒はうつむき加減にぽつりと呟いた。
「最近塩沢さん、なかなか会ってくれないの」
「仕事立て込んでるんじゃない?今忙しいじゃない」はぐみは苦し紛れのフォローをしたが雲行きの怪しさはぬぐいきれなかった。
「私は全部受け入れるつもりなのにな・・・」菜々緒の笑顔は陰っていった。
どうやら塩沢は彼女と菜々緒の間を揺れているようで菜々緒は煮え切らない彼の態度に不安を覚えていた。淋しさで眠れぬ夜を抱えていた。
「菜々緒が幸せになれる日を祈っているよ」はぐみは菜々緒をそっと抱きしめた。

不安な日々を過ごす中、一つの噂が菜々緒のもとに流れてきた。
”塩沢さん子供ができて結婚するって”
菜々緒の心は小さく震え、そして一粒の涙が零れ落ちていった。遠くで何かが終わる音が聞こえた。
二人の日々はここで終焉を迎えた。
長い月日が経ち、今では別々の人生を送る二人。もし二人があのまま結ばれていたら今頃幸せに暮らせていたのだろうか。
m679著





























