僕は34歳の会社員、妻と幼い2人の子供がいる。
妻とは高校時代の部活の先輩と後輩。大恋愛というわけではなく、よくある長い付き合い
から、なんとなく交際が始まり結婚した。夫婦仲は円満で、可愛い子供たちにも恵まれた。
仕事も色々と任されるようになり、忙しいがそれなりに充実した日々を送っていた。

出会い
その日は、会社の事務員採用試験日。僕は会場設営の手伝いをしていた。
採用試験を受けに来た彼女をその日初めて見た。小柄でスラッと細く、グレーの
パンツスーツがとても似合っていた。
その時は、数十名いる中のひとり。ぼんやりと印象に残る程度だった。
彼女の採用が決まり、同じ職場で働くようになった。彼女は31歳、既婚者。
仕事覚えが早く、はっきりと自分の主張を言葉にし、テキパキ仕事をこなす彼女は、
少しきつい性格のような感じがしてどこか苦手に思えた。
特に会話するでもなく、職場での同僚として数年が過ぎようとしていた。

きっかけ
今後の仕事のこと家庭のことを考え、僕は転職をすることになった。
退社を翌月に控えたある日、体調を崩していた。
あまりにも体調が悪く、午後から早退をしようとデスクで片付けをしていた時、
彼女が突然声をかけてきた。
「大丈夫?運転して帰れる?」
え?心配してくれてる?
体調不良のせいかもしれないが、少し鼓動が早くなるのを感じた。
「あぁ、大丈夫。ありがとう。」
短い会話だったが、なぜかその言葉がうれしく心に響いた。
それから、時々話をするようになった。たわいもない話をするうちに、もっとゆっくり
彼女と話をしてみたいそんな感情が芽生えはじめた。
意を決して、
「もうすぐ会社を辞めるから、その前に二人で食事でもいきませんか?」
彼女は驚いていたし、明らかに戸惑っていた。返事はその時もらえなかった。
その時の様子から、きっと良い返事はもらえないだろうな、と諦めていた。
が、後日OKをもらえた。ほぼ断られると思っていた僕は、ほんとに!?と何度も
聞き返してしまった。今考えると学生に戻ったようなドキドキ感だった。

心の変化
出勤最後の日に彼女と食事へ行くことにした。
同僚として食事に行くだけだが、やはりお互い既婚者、誰かに見られて変に勘違いをされ
たら困るので、少し薄暗い照明のおしゃれな居酒屋へ
いざ、ふたりだけで面と向かって座ると、緊張した。
おつかれさま!と乾杯。
照れたよう微笑む彼女がとても可愛く、空きっ腹に流し込んだビールがいつもより
酔いを早める感じがした。酒のおかげもあり、緊張がほぐれ会話が弾んだように思えたが、
彼女は、どこかおどおどしていて、常に色々な事を気にしている様子に違和感を感じた。
それに、口癖のように、会話の中で「ごめんね」を繰り返し使っている。
「そんなに、気を遣わなくていいよ、そんなことで怒ったりしないよ!」
僕は思わずそう言っていた。
それを聞いた彼女は、少し黙ったあと、旦那さんの話をし始めた。
話を聞くと彼女の言動に納得がいった。彼女の旦那さんは、いわゆるモラハラ夫。
強く凜とした女性だと思っていたが、それは本来の彼女の姿では無かった。
彼女は、旦那さんと学生時代からの付き合い、そしてそのまま結婚をしていた。
彼女への執着心の強い旦那さんは、日頃から彼女の行動をチェックしているので、出掛ける
のも大変なこと。服装や髪型など、色んなことへの制限があること。若い頃はそれが
愛されていると嬉しく感じていたが、最近では窮屈に感じつらくなっていることを
話してくれた。どことなく近寄りにくく感じたのは、異性との距離を保つためのバリアを
張って、話しかけられない雰囲気を作り出していたのだ。

別れの時
あっという間に時間が経ち、別れの時が。
会計を済ませた後、先に外に出た彼女の後ろ姿を見てとっさに抱きしめていた。
驚いた彼女は、僕の腕に手を置いたが避けようとはしなかった。
「今日はありがとう」
束縛の厳しい旦那さんに嘘をついて、外出するのは相当な勇気がいったのだろう。
だから周りを確認していたし、携帯を常に確認して、時間を気にしていた。
そんな思いをして、僕に時間を作ってくれた彼女がとても愛おしかった。
守ってあげたい。僕は彼女に恋をしていた。
でも、、、
それは叶わぬ恋。
「ううん。こちらこそ楽しい時間をありがとう。最後に話せて良かった。
新しい職場でもがんばってね、応援してる!」
そう言って彼女は、帰っていった。
僕が独身だったら、もっと早くに出会っていたら。
きっと、奪い去っていただろう。
彼女を帰したくない、そのまま突っ走ってしまいたい。そんな気持ちを抱えたまま、
妻や子供の待つ自宅へと歩き始めた。

722著






























