サークルでの出会い

列車が過ぎるまで

「離島前夜」

皆様こんにちは。今日は私が経験した中で一番印象に残っている恋愛について紹介します。

その春、大学生になった私はあるマイナーなアウトドアスポーツの部活に入ることにしました。
それは洞窟に潜り、特に何をするでもなくただ出てくるだけという、ケイビングと呼ばれる
スポーツでした。私は洞窟に興味があった訳ではありません。その特殊なスポーツに興じる
少数派の者たちが持つ独特な陽気さに居心地のよさを感じたのです。

私より少し前にNという女性も入部していました。彼女は他にもバスケットボールのサークルに
所属していて、洞窟に興味を持ったのかは分かりませんが、同じ学部の友人と二人で参加しているようでした。

大学生活が始まってしばらく経った頃、私たちは別々の恋をしていました。
私は同じ学部の女性に片思いをしていて、彼女は他学部の男性とすでに交際しているようでした。

その部活では毎年夏休みに、離島で二週間を過ごす合宿が行われることになっています。
楽しみな夏の合宿を目前に、私たちは同じ時期に失恋をしたようでした。
同期生の下宿先に集まって飲み会を開いた時、二人はそのことを知りました。
お互い辛いね、と彼女は言い、そうだね、と私はこたえました。

私たちはそれまでにも、部活動の中で時々顔を合わせ、多少の会話をすることもありましたが、
特別仲が良い訳ではありませんでした。

「土手の上」
夏の合宿が始まってから、二人で会話をすることが目に見えて多くなりました。
私は何かあるごとにNに話し掛けるようになり、彼女も気付けば私の近くに
居てくれているのでした。

キャンプ場の芝生の上を走り回るNの姿を見て、とても可愛い人だと思いました。
彼女は黄色いシャツと青色のオーバーオールが似合う、向日葵のような女性でした。

離島での生活が続くに連れて、彼女の姿を目で追うことが一層増えていきました。
しかし、決定的な出来事は何も起こらないまま、夏の合宿は終わってしまいます。

普段の生活に戻った後も、私はNのことばかり考えていました。彼女の顔は何故か
上手く思い出すことが出来ず、その代わり彼女の声は鮮明に頭の中で聞こえるようでした。
恋をするということは、その人の顔を、ちゃんと思い浮かべられなくなることなのかもしれません。

彼女から電話が掛かってくることもありました。そんな時は、普通のことを話す彼女の声を聴けることが
素直に嬉しいと私は思うのでした。

秋が暮れる頃、私はNに川沿いの土手の上に来て欲しいと伝えました。
彼女は悟ったようでした。そして、ああ、とため息のような言葉を漏らしたのです。
私は一瞬で世界が遠のくように感じました。

約束通りの時間にNは来てくれました。すでに申し訳なさそうな顔をしています。私はとにかく
彼女に好意を伝えました。すぐに断られるものと思っていましたが、何やら迷っているような様子です。
しばらくして、少し考えさせて欲しい、と彼女は言いました。

Nからの返事を待っている間、私は何も手につきませんでした。
数日後、彼女から「ごめんなさい」とメッセージが届きました。


「動いて走れ」
悲しい、ということだけが確かでした。私は大学に入って半年余りで二度も失恋したのです。
自分のことを恥ずかしい生き物だと思いました。別の人間になりたい、と繰り返し願ったものでした。

それまでにも、私は何度も失恋をしたことがあります。こういう時はどうすればいいのか、
少しずつ学び始めてもいました。悲しい気持ちに飲まれないために、何か別のことに
夢中になる必要があるのです。

手始めにアルバイトへ行く回数を増やすことにしました。働いて、体を動かしていれば
何も考えなくて済むからです。体が止まると、頭が勝手に考え事を始めてしまいます。
今の自分は気を抜くとつい悲しいことばかり考えてしまいます。

大学での講義が終わると、私は毎日のようにアルバイトへ向かいました。孤独が追い付かないように
夢中で仕事に取組みました。体を疲れさせ、夜にはすぐに眠れるようにあえて自分を消耗させたのです。
Nのことを思い出してはつらいので、部活動へはなるべく参加しないようにしました。
偶然顔を合わせてしまった時も、何もなかったみたいに屈託なく接することを心掛けたのでした。

いつしか私の手元にはまとまった金額が貯まっていました。そこで、以前から欲しいと思っていた
中型バイクを購入することに決めたのです。これでどこまでも走っていける、と真新しいシートに
跨りながら思いました。どこまでも、一人で走っていくことが出来る、と寂しさの中にも楽しさを
見つけられたように感じたのでした。


「形のないものの通り道」

年が明け、冬の寒さも和らいだ頃でした。
ある時、部活の先輩がツーリングに行こうと誘ってくれたのです。
部内にはバイクに乗る上回生たちが何人かいると聞いていたので
その人たちと一緒にどこかへ出掛けるものと思っていました。

ところが、待ち合わせ場所には先輩一人しか来ていなかったのです。他の上回生たちは
どうされたのかと聞くと、今日は二人だけだ、と先輩はこたえました。何故か緊張されている様子です。
私は何か「恐ろしいこと」をされるのではないかと怯えました。

ともかく私は先輩の走る後を付いていきました。これから何が起こるのだろう、と終始不安でした。
大学から少し離れたところにある河川敷へ先輩は下りていきました。その場所が目的地であるのかも
知らないまま、私は先輩の隣にバイクを停めました。

Nがお前のことを気になっているらしい、と先輩は言いました。私は何を言われているのか
よく分かりませんでした。先輩は何か勘違いをしているのか、もしくは自分が聞き間違えたのか、
そのどちらかだろうと思いました。

聞けば、Nが一緒に部活に入った友人に私のことを今になって後悔していると話し、
その友人が先輩に相談し、私の耳に入れて欲しいと頼み、私へと伝わってきたようでした。

私はNへの未練を拭いかけていたのです。しかし、先輩の話を聞いているうちに
彼女が芝生の上を走り回っていた姿を再び思い出してしまいました。
Nが本当に私のことを気にしてくれているのか、確かめたいと思ったのでした。

昨年の秋にNに好意を伝えた土手の上に、もう一度彼女を呼び出しました。
私は先輩と会った日のこと、そしてその時どう思ったのかを正直に話しました。
彼女が私のことを気になってくれているというのは、どうやら本当のようでした。

しかし、今は別の男性部員からも言い寄られていると彼女は言いました。
その話が終わるまでは何も進展させることは出来ないとも言われました。

私は待たなくてはならないのでした。

「閉じ込められた沈黙」
二ヶ月が経ちました。Nと男性部員との話はどうやら終わったようでした。
私は彼女と出掛ける約束をしました。彼女が昨年の夏に行きたいと言っていた
山間のレストランへと向かうことにしたのです。

私はNをバイクの後ろに乗せ、山道を上っていきました。彼女を乗せるのは
当然初めてでしたが、今まで何度もそうしてきたみたいに私たちは自然に走ったのでした。
レストランで食事を済ませた後、近くの雑貨屋へと移りました。可愛らしい小物たちが
並んでいるのを眺めながら、二人はすっかり寛いで笑っているのでした。

店を出てしばらく走っていると公園を見つけました。ブランコがある、と言って
坂を駆け下りていくNの後ろ姿を見て、何故か堪らなく嬉しくなりました。どうやら私は
彼女が走っているところを見るのが好きなようです。

帰り道の途中、人の少ないコンビニエンスストアに立ち寄りました。店内を巡った後、
私たちは駐車場の隅で向かい合いました。

私はNに尋ねたいことがあるのです。「今日、誘ったことなんだけれど」彼女は先ほどから俯いています。
「君の今の気持ちを聞かせてくれませんか」Nはまだ俯いたままです。「わたしは」とても小さな声でした。
その声の心細さに、私は激しい後悔を覚えました。

その時、二人の近くへ列車が走ってきました。山の斜面を走る、二両だけの短い列車でした。
Nは口を閉じました。私も何も言わずに黙っていました。列車の音が二人の沈黙を閉じ込めているみたいでした。

あの列車が過ぎたら、と私は思いました。おそらく私は、再び拒否されるだろう。
またしても的外れな期待をしてしまった。どれだけ恥ずかしい勘違いを繰り返せば気が済むのか。
本当に、どこまで馬鹿なのだろう。

とても長い時間が流れたような気がしました。列車はようやく通り過ぎていきました。
「わたしは」Nはもう一度、ゆっくりと口を開きます。これから話そうとしている言葉を
慎重に確かめているようでした。この瞬間のことを、私は一生忘れることはないでしょう。
彼女はこう続けたのでした。「わたしは、あなたのことが好きです」

話はここで終わりです。今もどこかで彼女が幸せに暮らしていることを願います。

i539著
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