これは、私が大学生時代に軽音楽部に所属していた時のこと。
当時敬愛していた先輩ヴォーカリストの失恋の話だ。
先輩との出会い

先輩は一つだけ学年が上の先輩だった。
私がその先輩と出会ったのはもちろん入部後で、
髪型が似ていたせいかその他の先輩達に揶揄されることもあった。
そんな親近感を感じる出会いと同時に彼女も私と同期で入部したのだった。
同期の女の子

彼女は私と同期だったこともあり、入部してからは様々なライブにも一緒に出演した仲だ。
確かな実力を持つ経験者だったが、穏やかで決して偉ぶることのない人間味溢れた女の子だった。
私がどうしようもない失恋をしてしまった時は、よく相談に乗ってくれていたしタイミングさえ違えば私も彼女のことを好きになっていたかもしれない。
1年後

入部してから1年後、随分と部活動にも慣れ、良く先輩とも飲みに行けるようになった。
そんな時に、先輩から「あの子が好きだ」と聞かされたのだった。
何分、誰にも分け隔てない温かみを持って接することのできる彼女のことだ。
常に彼氏はいたので、今までは誰かが好きになっても意味などなかったのだ。
風通しの良過ぎる部だったので、誰もが遠慮して略奪愛など考えもしなかっただろう。
そんな恋多き彼女にも別れが訪れた時、たまたま同じタイミングで飲みに行き、聞かされたという顛末だ。
呆気ない恋

先輩の失恋話はその後すぐに聞かされた。
彼女は、前の彼と別れてその後早くも同じ部で先輩と同期の別の男性と付き合ったらしい。
先輩は男気があり真っ直ぐな生き方をしていて自分から見ても男性として魅力はあったのだが、彼女は先輩とは正反対のような人と付き合ったようだった。
私も好きになりかけたこともあるので分かるのだが、彼女の周りにはハイエナのように別れを今か今かと待ち構えている人が多かった。
いくら男らしく生きようと努めていても結局当人の好みにそぐわなければ幸せにはなれないのだ。
そのことを、先輩自身が最も痛感しているようで、私は先輩に慰(なぐさ)めらしいことの一つも言ってやる事はできなかった。
音楽への昇華

私達軽音楽部は基本的には既存のバンド達をコピーすることで自己満足的にライブ活動をしていたが、先輩は珍しくオリジナル曲を作って活動をしていた。
ラブソングや社会風刺など、様々な系統で世界へ自分自身を打ち付けようとしていて、その姿はとても眩しかった。
先輩は失恋後のとあるライブでその失恋をモチーフに作った新曲を披露した。
「部内の人間の多く出演するライブで、凄いことをするなあ」と思った。
実際に今の彼氏も参加していたからというのも強かったからだが。
曲の前のMCで対象に悟られないよう、「失恋の歌だ」と淡々と述べて先輩はその曲を歌い上げた。
相手への憎しみのようなものが強く表出した曲だったが、先輩の失恋を目の当たりにした自分にとっては、先輩は自身へのどうしようもない怒りや悲しみを歌っているようにも見えた。
見ていた私にとっても苦しかったし、一部の詳細を知る人間が影で「あの場で歌うべきではないだろう」と否定的なことを言っていたのも耳にした。
だがその曲は、先輩の今までのどの楽曲よりも私の心に突き刺さった。
その後の先輩

あれからもう5年ほど経つが、先輩は同い年の魅力的な女性と付き合ったらしい。
嬉しい限りだった。
あの時には裏目に出てしまっていた先輩の男らしさを受け入れてくれる人と付き合うことができたのだそうだ。
先輩は音楽を辞めてしまったが、先輩を救えたのはあの曲だけではなかったのだ。
私はあれから未だ音楽をやめられないが、多くの「いい音楽」には触れてきたつもりだ。
正直に言って、先輩のあの曲は先輩以外の誰1人として救えない。
誰も共感できないし、可哀想とも思えないものだったろう。
それでも先輩が音楽に昇華したあの曲を、私は今でも口ずさんでしまう。
自分の悲しみを昇華させる為に。
kdh543著
























